ローマ人の物語〈40〉キリストの勝利〈下〉

ローマ人の物語 (40) キリストの勝利(下) (新潮文庫)

ローマ人の物語 (40) キリストの勝利(下) (新潮文庫)



ローマ人の物語」の第40巻は皇帝ヴァレンティニアヌスからテオドシウスまで、西暦364年から395年のローマ帝国東西分割まで。



本巻の主役はミラノ司教アンブロシウス。ローマが帝政に移行してから以降では、ローマ皇帝以外の人物が主役になるのはおそらく初めてだと思います。



ついにフン族が登場し、民族大移動が本格的に開始。ただし、フン族ローマ帝国との直接対決はまだありません。本巻前半はフン族に押し出されたゴート族とローマとの衝突が主な主題です。ヴァレンティニアヌス朝の諸皇帝では対処ができず、ついにテオドシウスが抜擢されます。しかしテオドシウスも事態を軍事的に解決することはできず、政治的な解決を図ります。つまりゴート族との妥協。帝国領内への居住許可です。のちにローマ帝国にいろいろマイナス影響をもたらすこの政策ですが、とりあえず短期的には治安が回復したらしい。



アンブロシウスは後半に登場します。元はローマ帝国の官僚だった人で、しかもかなり有能な人であったそうです。ミラノ司教になってからは、すでにキリスト教徒であったテオドシウスに近付き、政策顧問的な立場でキリスト教団の強化を図っていきます。こういう有能な人物が、国家のためではなく教団のために行動しているという事実が、ローマ帝国の求心力の低下を物語っているのかもしれません。著者は、アンブロシウスがキリスト教に改宗したのは、純粋な信仰心からではなく、打算の産物であろうと類推しています。これがもし本当なら、当時すでに帝国官僚であるよりもキリスト教団幹部である方が魅力的な選択であったことになります。帝国が衰亡するのも無理なきことと思われます。結局西暦388年にキリスト教ローマ帝国の国教とされるにいたります。アンブロシウスは見事に目的を達成したのです。



それどころか、390年には破門をちらつかせて皇帝テオドシウスを眼前に跪かせることに成功。皇帝よりも聖職者の方が立場が強いことを示したのです。ここまで来ると、ちょっとやり過ぎというか宗教の暴走のようにも見えますが、当時はギリシア哲学も衰微して久しく、神の名の元に振りかざされる正義に対して反論できる理論的根拠は失われていたのです。暗黒の中世は目の前です。